飼い主の属性は犬の行動にどう影響するか?

犬は相手によって態度を変えている可能性がある
ひまわりルームに来るワンちゃんで多いのが、「男の人が苦手」という子です。
ひまわりルームで唯一の男性である長男にとって、男性が苦手なワンちゃんは、難しい相手だったりちょっぴり寂しい相手だったりします。
「優しいよ、犬大好きお兄さんだよ」と声をかけても、思いっきり笑顔を作ってみてもあんまり変わらないなというのが正直なところです。
第3回、まずはオーストラリアのシェルターで実施された研究から、犬が人間の性別をどう捉えているかを紐解いてみましょう。
リードを引いているのは誰か?人間の性別と犬の性別がヒトと犬のペアに及ぼす影響 ― リード歩行時の分析
この研究はオーストラリア・クイーンスランドの動物虐待防止協会(RSPCA)のシェルターで実施された研究です。
方法
シェルターに1週間以上滞在した保護犬111頭と、散歩の訓練がされたボランティア74名を対象としました。オスが53頭、メスが58頭で、すべて不妊手術を実施していました。
参加したボランティアは26名が男性、47名が女性、1名が第3の性でした。なお、 第3の性の1名は統計処理に組み込まれていません。
このシェルターでは、犬とボランティアに4段階の散歩レベルを設定しています。
ボランティアは自分と同じか、それ以下のレベルの犬しか散歩することができません。
ボランティアと犬のペアはRSPCAスタッフが割り振りました。
オス犬はメス犬と比べて強く引っ張り、多く引っ張った
男性と散歩しているとき、犬の引張頻度は低かった
男性と散歩しているとき、追跡行動が少なく、尾を高く上げる期間が短く、凝視や舌なめずりが頻繁に観察された。
これは男性と散歩をするときによりストレスを感じている可能性が高い。ただし他の研究では違う結果が出ていることもあり、因果関係があるとまでは言えない。
男性は犬に身体的接触で関わることが多く、女性は言語的接触で関わることが多い。
ただし犬を褒める頻度は男性と女性で有意な差はなかった。
人間の性別と犬の性別は、人間の散歩体験に有意な影響を与えなかった
この実験では、犬とボランティアの散歩レベルがある程度揃うように設計されています。
例えば、最も散歩の難易度が高いレベル4の犬を、最も散歩レベルの低いレベル1のボランティアが散歩するということはありません。
レベル4のボランティアがレベル4の犬を散歩させても、上記の傾向が出たようです。
ただし、レベル4のボランティアがレベル2の犬を散歩させたデータが入っている可能性もあり、それがどのように影響しているかは明記されていません。
この結果を元に言うと、女性とオス犬の組み合わせが最も強く多く引っ張り、男性とメス犬の組み合わせがもっとも引っ張りが少なく弱いということになります。
しかし人間・犬の性別は散歩の体験に有意な影響を与えなかったという結果が出ています。
これはどの性別の組み合わせであっても散歩の内容や満足度には影響しない可能性がある、ということを指差しています。 つまり、女性とオス犬の組み合わせ=散歩が大変だったり・散歩の満足度が低い、とは言えないということです。
この実験ではボランティアが散歩レベル別に分けられており、そのレベルに合わせた犬が割り振られています。これは性別よりも、散歩をする人の散歩レベルによって散歩の内容や満足度が大きく異なる可能性、を示唆しています。
ただし、筆者はこの論文の限界を次のように述べています。
平均散歩時間は5分間で、研究者自身が”わずか”としている
犬とボランティアのマッチングはRSPCAのスタッフが行った。そのためスタッフやRSPCAのバイアスがかかっている可能性がある。
370回の散歩の中で同じボランティアや犬が複数回登場しており、観察データが完全には独立していない
ビデオ分析の担当者がこの研究に精通していたため、潜在的に仮説を指示するバイアスがかかっていた可能性がある
これらは影響としては無視できないと、長男は考えています。 ただし、これらのバイアスがかかったとしても、結果的に人間の性別や犬の性別は散歩の内容や満足度に優位な影響を与えないということを指差しているとも考えます。
この論文からわかったこと
この論文の結果、人と犬、両方で性別によって行動が変わることが分かりました。
特に犬の性別がオス、メス、どちらであっても、男性のボランティアと散歩した時に舌なめずりなどのストレスを示す行動が増えたというのは興味深いですね。
ただし、これはあくまで、このオーストラリアのシェルターで行われた研究であり、筆者自身が「他の研究では違う結果が出ているので、まだ確実ではない」と述べています。
もう一つ面白いなと思ったのが、褒める回数は一緒だったということです。
男性の方が身体的接触、女性の方が言語的な接触が多かったとのこと。男性は褒める時に犬を撫でることが多く、女性は褒める時に言葉で褒めることが多いということですね。 しかしその回数自体は差はなく、どちらも同じくらい褒めていた、というのが印象的です。
また参加した散歩レベル4のボランティアのうち、男性と女性がどのくらいの比率だったのかという情報は論文内では確認できませんでした。
そのため、散歩レベル4はほとんどが男性だったという状況は否定できません。
この研究のポイントは長く連れ添った飼い犬と飼い主ではなく、シェルターで保護されている保護犬とボランティアという関係性が浅いと思われるペアが対象となっている点です。 この筆者はシェルターの犬を対象にした研究をいくつか行っています。今後も取り上げていく予定です。
飼い主の心理的特性から犬の行動特性を予測する
さて次はイギリスで行われた研究を見てみましょう。
この研究は飼い主の心理的特性が犬にどのような影響を及ぼすか。
それを解明し、里親とのマッチングや、犬の行動修正のプログラム、そして飼い主と飼い犬の良い生活へつなげることを目的にした研究です。
方法
18歳以上の一般の飼い主にオンラインでアンケートを実施しました。
回答者は女性が82%、男性が14%、「答えたくない」が7人、「その他」が7人(合わせて14人)でした。計497人の回答が分析に使用されました。
イギリスの研究者が実施したものですが、オンラインのためアフリカ、アジア、ヨーロッパなど複数の国籍の人が参加しました。
この論文は査読を通過したものではありません。ただし筆者や指導教員のプロフィール、統計処理の手法などをAIと検討した上で取り上げています。
この研究は飼い主への質問と飼い犬についての質問を組み合わせて行われました。
飼い主への質問から飼い主の不安・うつ病スコアを算出し、それと犬の行動がどのように連動するかを調べました。
先に結果をお伝えすると、飼い主の不安・うつ病スコアが増加するごとに、犬の不安や問題行動等のスコアは増加しました。
ただしその増加幅は非常に小さいものでした。
飼い主の不安・うつ病スコアが1ポイント増加するごとに、犬の不安・分離不安等・攻撃性・恐怖などのスコアが0.009〜0.044増加した
数字の上では確かに、飼い主の不安、鬱病スコアの上昇と犬の不安スコアの上昇は関係しています。
しかし他の統計的な数値も交えて計算したところ、飼い主の不安やうつ病スコアの上昇が犬の問題行動の原因だと説明できるのは最大でも10%でした。
つまり、残り9割の理由は何か別のものであるということです。
筆者はこの論文の中でたびたび「犬の問題行動は非常に多因子的である」と述べています。
犬と人間の相互作用は複雑であり、何か一つの要因に絞り込むことは困難だとしています。
そして
「飼い主の精神的健康の悪化がペットの行動問題を引き起こす、と仮定することは誤りだ」
と主張しています。
多くの参加者が犬が自分の気分に反応していると述べている。
自由記述では、犬と飼い主との強い絆や感情が挙げられ「彼をどれほど愛しているか、今でも理解できない」「彼女がいることで、できるだけ普通でいられる」という記述も合った
このように研究では多くの参加者が 自分→犬のベクトルで回答しています。
一方で犬→飼い主のベクトルも存在しており、筆者は「犬の行動が、飼い主の精神的健康の悪化を招いているという逆の可能性もある」と言及しています。
長男は、これは特にワンちゃんのトイレの問題でよく起こることだと考えています。
どんなに可愛くてもトイレの失敗の片付けをするのはしんどいです。
もちろんトイレというのは人間が決めた場所であり、人間が教える必要があって、上手に教えられていないから犬は失敗するんだというのは分かっています。
別に、犬を責めるつもりもうまく教えられない自分を責めるつもりはありません。普段は上手にトイレで排泄ができるワンちゃんでも時々失敗することもあります。 自分だって小さい頃はおねしょをしていたんです。
それでもやっぱりちょっとしんどい。
そのしんどさが表情に出たり態度に出てしまって、それが犬に伝わってるんじゃないかと思って落ち込んでしまうことがあります。
これは犬の行動が長男の精神的健康の悪化を招いている、と言えなくもないのかなぁと思いました。
なおこの研究は参加者の8割が女性で、かつオンラインフォーラムでの募集でした。そのためサンプル全体に偏りがある可能性があると筆者は述べています。
この論文からわかったこと
この論文では、飼い主の精神的健康と犬の問題行動には関連がある、ただしその値は非常に小さく主な要因とは言えないということが分かりました。
この筆者は論文中で何度も「犬の問題行動は非常に多因子的である」と述べています。
そして犬の問題行動の原因を、飼い主の精神的健康にのみ求めることは間違っていると明確に主張しています。
この主張が正しいかどうかは、今後更なる研究が必要です。
犬と人はとっても複雑に影響しあっている
さて、今回はオーストラリアとイギリスの2つの論文を見てきました。
この2つの論文で共通していることは飼い主の性別も飼い主の不安、うつ病スコアも
犬の行動を変える要因の一つでしかないということです。
一つ目の論文で、男性のボランティアと女性のボランティアで引っ張りの回数は変化しました。
しかし散歩の満足度とは関連していませんでした。
これは、散歩の満足度に性別は大きく関係していないということを示していると考えられます。
2つ目の論文では、飼い主の不安が犬の行動に影響する割合は少ないということが分かりました。
また犬の行動が飼い主の不安を助長している可能性があるということも分かりました。
これは
自分が健康状態が悪いから、犬が問題行動を起こすんだ
という仮定を否定するものです。
犬の行動を決める要因は非常に他因的・複合的である、とすると次のようなことが考えられます。
長男が関わるのが難しいと感じるワンちゃんが
単に男性が苦手なだけであれば改善することは難しくない。
しかし過去に起きた出来事や私との経験に要因がある場合、一つの理由を見つけることは難しい。
なんだか救われるような、救われないような、なんとも複雑な気持ちです。
結局のところ難しいんじゃないの?と書いていて思います。
それでも、いよいよ次回は総括です。
第1回から第3回までで分かった内容をまとめて考察していきます。
この回の結論
リードを持つ人の性別、心理的特性は犬の行動を変化させる要因になりうる。ただしあくまで1要因に留まる。
参考情報
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Who Is Pulling the Leash? Effects of Human Gender and Dog Sex on Human–Dog Dyads When Walking On-Leash(Animals. 2020;10(10), 1894.)
- 著者: Hao-Yu Shih, Mandy B. A. Paterson, Fillipe Georgiou, Nancy A. Pachana, Clive J. C. Phillips
- 発表年: 2020
- 主たる研究機関: クイーンズランド大学 動物福祉・倫理センター(豪)/RSPCAクイーンズランド(豪)/ニューカッスル大学 数理物理科学部(豪)/クイーンズランド大学 心理学部(豪)
- COI開示: 著者の一人Mandy B. A. PatersonはRSPCAクイーンズランドの主任科学者として雇用されている。それ以外の点では、著者らは研究を偏らせうる金銭的な利害関係は受けていないと申告。資金提供元はクイーンズランド大学高等研究基金およびRSPCA基金(篤志家からの寄付)
- DOI: 10.3390/ani10101894
-
Owner psychological characteristics predict dog behavioural traits(Research Square(プレプリント・未査読). 2023.)
- 著者: Harriet Clarke, Loni Loftus
- 発表年: 2023(2023年3月13日公開のプレプリントであり、査読を経た正式な論文ではない)
- 主たる研究機関: University Centre Askham Bryan(英)/エディンバラ大学(英)
- COI開示: 著者らは「利益相反なし」と申告(“No competing interests reported.”)。資金提供元の記載は確認できなかった
- DOI: 10.21203/rs.3.rs-2657563/v1
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