人の感情は犬に伝わるか

彼らはよくわかっている、というのは飼い主の経験則
第2回では『人の感情は犬に伝わるのか』について掘り下げていきます。
といっても、多くの飼い主さんはウチの子について
「よく表情を見ている」「よく話を聞いている」「よくわかっている」
と感じる場面が多いのではないでしょうか?
実際ひまわりルームのお客様でも
「賢いからこっちが言ってることをよくわかってる。下手なことを言えない」
と言われるお客様は多くおられます。
また、長男自身も「犬には感情が伝わってる」と感じる場面が多くあり、あえて感情を伝える努力をすることもあります。
犬は人間の感情表現から暗黙の情報を推測することができる
全く面識のない2人の人間のやりとりを、犬はどのように読み取るか
ブラジルのサンパウロ大学で行われたこの実験は
『犬が人の表情からどのような情報を推測しているか』
を測定する目的で実施されました。
とあるお店に2人の店員さんが居ます。
片方はとても笑顔で、片方はしかめっ面の時、私たちはその表情から”なにか”を想像し推測しています。
笑顔の店員は良いサービスを提供してくれるのでは無いか?
しかめっ面の店員に不快な思いをさせられるのではないか?
そんな推測を人間は無意識にしています。それと同じことが犬でも起きるか、という実験です。
方法
実験に参加する2人の人間の表情を、 ニュートラル、ポジティブ、ネガティブの3つに分類します。
この2人は、この3つの表情だけを顔に浮かべます。声は出さず、表情のみで情報を伝えます。
Aさん、Bさんと、実験に参加した犬は面識はありません。
犬が見るのは次のような場面です。
AさんからBさんにとあるものを渡します。
その受け渡しの際にAさんとBさん、それぞれで指定された表情を浮かべます。
- Aさんがニュートラル、Bさんがポジティブ
- Aさんがニュートラル、Bさんがネガティブ
- Aさん、Bさん、どちらもニュートラル
受け渡しが終わった後にAさんとBさんはそれぞれワンちゃん用のおやつを持ちます。
実験は2つの条件で行われました。
- おやつの入ったお皿を2人が、手に持っている状態
- おやつの入ったお皿が机の上に置いてあり、AさんまたはBさんに『取ってほしい』とお願いをする必要がある状態
参加した犬にはAさんかBさん、どちらかの人におやつをもらいに行く、もらいに行かないという選択肢も用意されました。
その結果は次の通りです。
- ニュートラル→ポジティブ
32%が与え手(ニュートラルな表情)を、68%が受け手(ポジティブな表情)を、選んだ- ニュートラル→ネガティブ
95%が与え手(ニュートラルな表情)を、5%が受け手(ネガティブな表情)を選んだ- ニュートラル→ニュートラル
差は認められなかった
- 外部からの音などのイレギュラーはサンプルから取り除かれている
- 部屋の構造や飼い主、実験参加者からの影響は認められなかった
- 犬が視線や身体を向ける時間は、ポジティブ条件ではポジティブな表情の人へ、ネガティブ条件では(ネガティブな表情の人ではなく)ニュートラルな表情の人へ、より長く向けられた
この結果は「人の表情を判別し、行動を変化させている」可能性を示唆しています。
この実験のポイントは「犬がおやつを貰いに行く際は2人ともニュートラルである」ということです。
あくまで『やりとりを見せる』だけで、犬は『さきほどのやり取りから判断する』ことが求められます。
つまり『さっき〇〇の表情をしていた人』ということです。
実験の動画は公開されています。
興味のある方は末尾のDOIから行ってみてくださいね。
それぞれの組み合わせを比較した結果、犬はネガティブな表情の人物を避ける傾向があります。
この実験の特徴は実験に参加した犬と全く面識のない人を用いているという点です。
これは慣れ親しんだ飼い主だから知っているということではなく、犬は人間の表情を判別する能力を元々持っているという可能性を示唆しています。
犬には「空気を読む」能力があるかもしれない
私達人間も、全く面識のない人でもなんとなく「機嫌が悪いのかな?」と感じる場面はあります。
それと同じような能力を犬も持っている可能性がある、という実験結果ですね。
ただしこの結果は犬が「この人は機嫌が悪い」と認識している、ということを示すものではありません。
あくまで犬は表情を区別し、行動を変化させている可能性がある、という結果に過ぎません。
犬の脳は人間の表情にどう反応しているか
人間の表情を見た時、犬の脳内ではどのようなことが起こっているかをMRIを用いて視覚化したという研究です。
MRIを使って犬の脳の働きを調べる研究はいくつかありますが、今回は先程と同じ「面識のない人の表情」を使っている研究を取り上げます。
方法
この研究では先ほどと同じように見知らぬ人の表情を犬に見せて、犬の脳がどのような働きをするかを調べました。
幸福という一つのポジティブな表情と、悲しみ、怒り、恐怖の三つのネガティブな表情の画像を用意しました。
実験は実験1(計8頭)、実験2A(12頭)、実験2B(12頭)の3段階で行われました。
実験1 幸福な表情の画像
その結果、犬の側頭皮質などの部分が有意に活発になることがわかった。
実験2A 幸福な表情と3種類のネガティブな表情を見せた
実験1で活発になることが分かった側頭皮質などの部分が、幸福な表情を見せた時の方が有意に活発になることがわかった。
このことから犬は単に人間の顔を見ることではなく、表情まで見て反応をしていることが分かりました。
実験2B 3種類のネガティブな表情を見せたときの比較
研究結果によると、怒り・悲しみと恐怖の顔を区別はできた例があるが、悲しみと怒りの顔の区別ができた例はなかった。
実験2Bから犬はポジティブな表情とネガティブな表情を見分けていることがわかります。
一方で悲しみと怒りの顔の区別が難しいなど、同じネガティブな表情でも、理由を見分ける難易度に差がある可能性が示唆されました。
この研究の限界として、筆者はサンプルの数が少ないこと、 サンプルの大部分をボーダーコリーが占めていることを挙げています。
そのため、「ボーダーコリーの結果を、他の犬種にも一般化することは慎重になるべき」と述べています。
犬は人の表情をある程度区別できる可能性がある。ただしサンプルが少ない
この研究では、犬が人のポジティブな表情とネガティブな表情を見分けている可能性が高く、それを裏付ける結果があることが分かりました。
また、怒り、恐怖、悲しみなどの一部の感情については、それぞれ区別することができる可能性があることもわかりました。
一方で研究のサンプルが少なく、すべての犬に当てはまるとは言い切れないということもわかりました。
情動伝染とは
ある個体が他者と感情状態が一致する現象のことを「情動伝染」と言います。
情動伝染は特に他者と協力して育児をする必要があるような、社会性を持つ種類の動物にとって重要な進化である可能性があるとされています。
豚や牛・馬・鳥・魚などでも確認されており、中でも犬は人間と共存して進化してきたという点で、とてもユニークな動物であるとされています。
情動伝染は、いわゆる共感、シンパシーやエンパシーと呼ばれる現象です。
これは自動的な反応だとされていて、非常にシンプルな仕組みとされています。
一方でこの情動伝染の研究は非常に複雑な側面があり、実験環境を適切に設計する必要があるそうです。
次はそんな情動伝染についての論文を取り上げてみます。
情動伝染を心拍数から測る研究
麻布大学などの研究グループにより実施された、
飼い主の心拍数と飼い犬の心拍数がどの程度相関関係にあるかを調査した研究です。
方法
飼い主と飼い犬、両方に心拍数測定器を付け、計2回の実験を行いました。
実験は待合室と実験室の2か所で行われます。
まず待合室で飼い主と飼い犬が一緒に過ごします。
飼い主は読書やスマートフォンの使用が許可されており、リラックスした環境が用意されました。
飼い主には犬の方から接触してきた場合を除き、犬には触れていけないというルールがありました。
飼い主と飼い犬は40分間、待合室で過ごした後、実験室に移動し30分間過ごしました。
実験室での過ごし方は2通りあり、飼い主と飼い犬のペアは2つの過ごし方を別々の日に実施しました。
1つ目の過ごし方では、飼い主には実験室で与えられた資料を黙読するように言われました。
2つ目の過ごし方では、飼い主にはストレステストが与えられました。
これは人間の心理学の実験で用いられるテストで、資料の口頭説明と暗算の課題でした。
2つの過ごし方の違いによる飼い主と飼い犬の心拍数の関係性は次のような結果になりました。
飼い主の心拍数の上昇に合わせて、犬の心拍数が上昇した
その伝播効率は飼い主と犬が共有する時間の長さに依存していた
日常的に犬と過ごす時間の長さも、犬と飼い主の間の心拍数の相関係数に正の影響を与えていた
対照条件下では、雌の犬が雄の犬に比べて飼い主との心拍数の連動の相関係数が強かった
つまりより長い間一緒にいた飼い主と犬ほど、心拍数の連動が起こっていました。
また、メスの犬はオスの犬に比べて、より飼い主との心拍数の連動が見られました。
この研究では心拍数が相関関係にあるということが示されましたが、 なぜ飼い主と飼い犬の間で心拍数が関係するのかはこの研究では取り上げられていません。
ただ、実験の環境が飼い主を視覚的に確認できる状況であることから、犬は飼い主の表情や姿勢などの視覚的な情報や飼い主の発する匂いなどから、情報を得ていた可能性もあります。
あくまでもこの研究は飼い主と犬の心拍数に着目したものであり、今回の実験ではどの情報が影響しているかは確認されていません。
この研究に参加したのは14組と少なく、すべての飼い主と犬に当てはまるとは言えません。
また、飼い主→飼い犬のベクトルで心拍数が相関しているものであり、飼い犬→飼い主のベクトルについてはこの研究ではわかりません。
人と犬の間で情動伝染は起こる、それは関係の長さに比例する可能性がある
今回の研究は正確には
「心拍数の連動という生理的な指標で有意な結果があり、これは飼い主と飼い犬の間で情動伝染が起こっている根拠となり得る」という表現が適切だと思われます。
犬の行動を説明する指標の一つとなる可能性がある、基礎固めのような結果です。
個人的にはウチの子と心拍数レベルで繋がってるってなんだか素敵、と思います。
最新の研究は、犬がどのような仕組みで人の表情を読み取っているかを解明する段階にある
私たち飼い主は経験則で
「うちの子たちは私たち人間の言うことや感情をよくわかっている」
と感じている人が多いのではと思います。
犬が人間の表情を理解しているか、どのように読み取っているか、などの研究は世界中で行われています。
研究によってアプローチも違い、MRIや脳波、心電図を使った生理的な反応を見る研究や、犬のや、行動パターンなどの行動から読み取る研究、そこに、飼い主の心理テストを組み合わせた研究など、非常に様々です。
複数の論文を見ると
「どうやら犬は視覚的な情報や嗅覚など、複数の情報源を組み合わせて人間の表情を読み取っているらしい」
ということは共通しています。
飼い主の表情からポジティブなのかネガティブなのかを区別することができる可能性が高い。
しかし共感したから行動が変わったのかというと、今回ご紹介した研究結果ではわからないということです。
ただ個人的には、例えば悲しい時に犬が寄り添ってくれたのであれば、共感していてもそうでなくてもどちらにしても嬉しいなと思います。
今後ますます、犬と人間の関係に関する研究は進んでいくと思います。
ウチの子の気持ちが手に取るように分かるというには、まだ早いかもしれませんが。
この回の結論
犬は人のポジティブな表情とネガティブな表情を区別できる可能性が高く、その情報を元に行動を変化させている可能性がある。
参考情報
-
Dogs can infer implicit information from human emotional expressions(Animal Cognition. 2021.)
- 著者: Natalia Albuquerque, Daniel S. Mills, Kun Guo, Anna Wilkinson, Briseida Resende
- 発表年: 2021
- 主たる研究機関: サンパウロ大学 心理学研究所(ブラジル)/ リンカーン大学(英)
- COI開示: 著者らは「利益相反なし」と申告。資金提供元はブラジルの公的研究助成機関(CNPq, FAPESP, CAPES)のみで、企業からの資金提供の記載はない
- DOI: 10.1007/s10071-021-01544-x
-
Dog brain representations of human facial expressions: Encoding happiness and differentiating specific negative expressions(iScience. 2026.)
- 著者: Raúl Hernández-Pérez, Luis Concha, Attila Andics, Rodolfo Bernal-Gamboa, Laura V. Cuaya
- 発表年: 2026
- 主たる研究機関: ウィーン大学(オーストリア)/ エトヴェシュ・ロラーンド大学(ハンガリー)/ メキシコ国立自治大学(メキシコ)の国際共同研究
- COI開示: 公開されている範囲では明示的なCOI開示文までは確認できなかったが、資金提供元はオーストリア科学基金・欧州研究会議・ハンガリー科学アカデミー・National Brain Programme 3.0とすべて公的機関で、企業からの資金提供の記載はない
- DOI: 10.1016/j.isci.2026.116900
-
Emotional Contagion From Humans to Dogs Is Facilitated by Duration of Ownership(Frontiers in Psychology. 2019;10, 1678.)
- 著者: 片山真希、久保孝富、山川俊貴、藤原幸一、野本謙作、池田和司、茂木一孝、永澤美保、菊水健史
- 発表年: 2019
- 主たる研究機関: 麻布大学 獣医学部 動物応用科学科(日)/ 奈良先端科学技術大学院大学(日)/ 熊本大学(日)/ 京都大学(日)の共同研究
- COI開示: 著者らは「商業的・金銭的な利益相反関係のもとで行われた研究ではない」と明記。資金提供元はJSPS科研費とMEXT私立大学ブランディング事業で、企業からの資金提供の記載はない
- DOI: 10.3389/fpsyg.2019.01678
-
Emotional contagion in nonhuman animals: A review(WIREs Cognitive Science. 2022.)
- 著者: Ana Pérez-Manrique, Antoni Gomila
- 発表年: 2022
- 主たる研究機関: バレアレス諸島大学(UIB)心理学部 Human Evolution and Cognition Group(スペイン)/ IFISC(CSIC関連研究機関、スペイン)
- COI開示: 著者らは「利益相反なし」と申告。資金提供元はスペイン政府の公的研究助成のみ
- DOI: 10.1002/wcs.1560
※情動伝染についての解説は、複数の動物種にわたる情動伝染研究をまとめた総説論文(Pérez-Manrique & Gomila, 2022, WIREs Cognitive Science)を参照しています。豚・牛・馬・鳥・魚などでの確認例は、この総説内で引用されている個々の原論文からの孫引きであり、原論文まで遡って確認したものではありません。
利益相反(COI)について
お礼・おことわり
この記事の作成には生成AIを用いて収集した情報を一部使用しております。
この記事、楽しめましたか
この検証、納得できましたか