「リードの有無」という単純な話ではなかった

さて、リードは飼い主の感情を犬に伝えるか?
最終回となる今回は、まずはじめに第1回から第3回までの結果を踏まえた長男の考察。
次に1本の論文を紹介します。
犬の行動を決める要因は様々
第1回から第3回までで取り上げた内容のうち、犬の行動に影響するとされる要因を並べてみましょう。
第一回
- 盲導犬利用者への電話調査
- リード・ハーネスの有無
- 散歩中にリードの影響を調べた論文
- リード・ハーネスの有無
- 自分と相手、どちらがリードをしているか
第2回
- 面識のない人間同士のやりとりを犬に見せた実験
- 実験参加者の表情:ニュートラル、ポジティブ、ネガティブの3種類
- MRIを用いた、人の表情を見た犬の脳の働きを調査した論文
- 全く知らない人の表情が映った画像、幸福・悲しみ・怒り・恐怖の4種類
第3回
- シェルターで散歩をした実験
- 犬の性別、散歩をしている人の性別、散歩をしている人の散歩レベル
- 飼い主の心理特性と犬の行動を調査した研究
- 飼い主の不安レベル
これを整理すると以下のようになります。
-
物理的要因:リード・ハーネスの有無
-
犬の要因:性別
-
人の要因:性別、訓練レベル、心理的特性
一見すると、要因はとても少ないように見えます。
しかしこれはあくまで今回のシリーズで紹介した論文で分かった事実でしかありません。
ここにきっとこんな要因もあるんじゃないかなと思われる内容を足してみましょう。
物理的要因
リード・ハーネスの有無、気温、天気、風、騒音、周囲の匂い
犬の要因
性別、犬種、年齢、生育歴、避妊・去勢手術、その日の調子、個体の特性、持病
人の要因
性別、訓練レベル、家族構成、その日の調子、その人の特性
ここであげたのはあくまで例にすぎません。
最近『腸活』が流行っていることを踏まえると、腸内環境や日々の食生活も要因として検討する必要があると思われます。

これらの掛け算で犬の行動が決まっているのだとすると、予測・解明することはとても困難です。
実験には多くのサンプル、つまり犬と飼い主の協力が必要です。
さらに多様な犬種が犬の研究をさらに難しくしています。
犬の実験をする上では、安全や研究の設計のしやすさの観点から、そもそも人間の指示を聞いてくれる犬のほうが望ましいです。
つまり訓練がしやすく、指示が入りやすい素直な犬です。
そうするとどうしてもボーダーコリーやレトリバーなどになってしまうのではないかなと思います。
その結果を狩猟犬や使役犬、愛玩犬と呼ばれるグループの犬に当てはめるのは慎重に、ということですね。
長男が一番気になるのは「ポメ柴」です。
両方、愛玩犬だしケネルクラブの分類は同じです。
でも片方は洋犬で片方は和犬。
ポメ柴の研究論文が発表されるのはいつ頃になるのでしょうね。
何か一つのことが犬の行動を決めているのではない。
しかし今の研究では
- どの因子がどのぐらい影響しているのか
- そもそも犬にとってどのような情報が行動の判断材料になっているのか
- 犬種や性別で差があるのか
これらはまだ解明されていない、というのが正確かなと思います。
原因を探る方が遠回りかもしれない
これは『現代科学の限界』と言えるのかもしれません。
『犬が人間の感情や考えていることをどれぐらい理解しているのか』
というのがわかるのは、もうしばらく先のことになりそうです。
理解したことをもとに、どのようにして行動を決めているのかが判明するのはもっと先でしょう。
今わかっているのは、非常に多くの要因が犬の行動を左右しているということ
この事実を私たちはどのように自分の生活に取り入れればいいのか考えてみます。
ハウルの話

このテーマの始まりに戻りましょう。
きっかけは、スタッフの家の犬「ハウル」の行動です。
リードをしている時は人や犬に吠えるけれど、リードを外すと上手に関わることができるハウル。
改めて考えるともうすでに答えは出ていたような気がします。
長男はここまで見落としていたのですが、
ハウルは既にオンリード時とオフリード時の比較をしています。
当たり前のことですが、リードを外して人や他の犬と関わったことがあるということです。
一般にリードやハーネスは犬や周りの人との安全のためにつけるようにとされています。
オンリードの方が安全です。安全な状態でも吠えるのに、
『リードを外したらもっと危険なことが起こるのでは?』
と考えるのはごく自然なことだと思います。
その結果、理由はわからないが『この子は他の犬や人に吠える=人や犬が嫌い/苦手なんだ』
とされている犬がいるのかもしれません。
吠える理由が単純に怖いからであれば、人や他の犬に慣れる練習でクリアできるかもしれません。
単純に遊びたくて、本人はご挨拶だと思っていて吠えている可能性もあります。上手なご挨拶を覚えれば吠えることはなくなるかもしれません。
それでも変化がなければ、さすがに散歩コースを変える方がいいかもしれませんね。好き嫌いは誰にだってありますから。
これらを確かめるには、リードを外してみるしか無いのだと思います。
結局のところ、ハウルの行動がリードのオンオフで変わる理由は今の段階ではわかりません。
ただ少なくとも、人や犬が嫌いだからという理由ではないことがわかります。
リードを外すと上手に関われる人や犬がぐっと増えるからです。
- リードを外しても安全な環境
- リードを外すことを許してくれる周囲の人や飼い主さん
- リードを外す度胸
これらが揃えば彼の行動は問題ではなくなる、そもそも出なくなるかもしれない、ということです。
このように小さな変化と発見を繰り返していくのが大事なのかなと思います。
安全な環境を用意して、やってみること
これは決してリードを外して散歩をしてみようと呼びかけているわけではありません。
基本的にはリードやハーネスを適切に装着して散歩することが、ワンちゃんや飼い主さん、周囲、全ての安全のために必要です。
しかし犬のことをよく知るためには、あえて外してみることが必要なことがある、ということが今回の長男の結論です。
現実にはなかなか難しいみたい
環境と理解者が揃えば犬をもっと知ることができるかもしれない。
とはいうものの、現実にはなかなか難しいと思います。
そもそも犬同士が交流する場所が少ないのではないか? と、ひまわりルームでは話しています。
散歩中、向かい側から犬が歩いてきたらトラブル防止のために道を変えるという方も多いと思います。
これはお互いの安全を守るため、トラブルを避けるためにはとても有効です。
例えば大型犬と小型犬の組み合わせや、コントロールできる自信がない場合には必要な判断です。
ひまわりルームを初めてご利用されるには、他のワンちゃんと一緒に過ごせそうですか?と質問をします。
意外と多いのが、
- そもそも他の犬と関わることがないから想像できない。
- 同じ部屋で過ごせるか、一緒に庭で遊べるか、やったことがないから本当に分からない。
というお返事です。
実際にお預かり中のワンちゃんの様子を飼い主様にお伝えすると、
『こんな風に他の犬と遊んでいるところは初めて見た』
とお話される飼い主様も多いです。
路上で突然リードを外すわけにはいきません、ではドッグランではどうでしょうか。
知らない犬や飼い主さんとのトラブルが怖いという方もいると思います。
では貸し切りのドックランに行ってみたり、広い河川敷などで誰も居ない時に伸縮リードにしてみる、などはいかがでしょう?
犬友達や知り合いに協力してもらって、初めましての人や犬に慣れる練習はきっと効果的です。
もちろん、ひまわりルームでのお泊りもとてもよい変化になると思います。
安全な環境を用意して、なにか今までと違うことをやってみること。
それがウチの子をより理解する上で必要なことではないかなと思います。
その行動は問題か
最後に青森県と東京都の飼い主計115人に行ったアンケート調査の論文をご紹介します。
この調査は青森県5ヶ所と東京都の2ヶ所の計7ヶ所の病院で配布した、質問表の回答を元に行った調査です。
人口や年齢、性別と犬の飼い方や問題行動の捉え方について調査しました。
質問表では犬の問題行動について頻度と対処の困難さについて4段階で評価しました。
東京では大多数の犬がペットショップやブリーダーから入手されていた。一方青森では知人からの譲渡が多かった。
自宅にいる時の迷惑吠えについて、青森と比べると東京のほうが困っているという数値が非常に強かった
青森県では犬の破壊行動についての認識が低かった
一方、東京では人に飛びつく行動が無視される傾向があった。
男性であり、青森県在住である人は、犬の破壊行動を困難だと感じる数が少なかった。
20代から50代の若い飼い主は他の動物に対するうなり声や吠え、迷惑吠え、破壊行動などの7つの項目について高齢者と比べてストレスになっている可能性がある
犬が人を噛む行動について女性の飼い主がより多く報告したが、困難さについて男女間で統計的に優位さは認められなかった。
一方で人に向かってうなったり吠えたりする行動については、頻度に差は認められなかったが、女性の方がより困難に感じていた。
このように飼い主の住んでいる場所や年齢、性別で、犬の問題行動に関しての認識が:mark[そもそも違う可能性]があるということがわかります。
東京在住の飼い主が犬の吠えが困るというのは想像がしやすいですね。人が密集している地域では騒音問題が常に隣り合わせです。
一方で、人に飛びつく行為については問題だと思わない、という人が多いのも、なんとなく想像ができます。
これはおそらく小型犬が多いからでしょう。トイプードルに飛び掛かられて危ない!と感じる人は少ないはずです。
青森県は東京より人口が分散していて、吠えに関しては比較的許容できている可能性がありますね。 一方、飛びつきを困難だとしているのは、中型犬以上の大きい犬が多い可能性が上げられます。
この論文の考察では、「同じ程度の行動であっても問題の深刻さは犬の性別や大きさ、犬種によって異なる可能性がある」と述べています。
また、若い人たちと高齢者では、犬の問題行動に関する認識が異なるというのもポイントです。
長男はこの結果を『犬の行動は人によって捉え方が異なるものだ』ということの現れだと思っています。
筆者は「飼い主の性別や年齢、住んでいる場所などの要因が同じ程度の困難さを過小評価させている可能性がある。」と述べています。
そして獣医師やその他の専門家は、このような無意識なバイアスを明らかにするために積極的に問診するべきだ、としています。
吠えることが問題だ。飛びつくことが問題だ。だからこの子は問題行動がある。
という考え方は必ずしも適切ではないのかもしれません。
そもそもワンちゃんをお迎えする経路に大きな違いがあります。
- ショップで飼うことが当たり前の地域
- 人から譲り受けることが当たり前の地域
この2つの地域はきっと犬に対する価値観や文化が違います。価値観や文化が違えば問題視される行動も違います。
ネットやSNSでたくさんの情報が得られる現代。
いいことも悪いこともたくさん見ることができますが、背景には実はその地域特有の要因が隠れているのかもしれません。
そうだとすると、『ネットで言われていることがウチの子に当てはまらない』のもなんだか腑に落ちませんか?
結局の所、飼い主さんやご家族が何に困っているか、をスタートにすることが
実は一番の近道なんじゃないかなと思います。
まとめ

さて、エビデンスシリーズの最終回ですが何とも煮えきらない結論になりました。
- リードは飼い主の感情を犬に伝えている可能性がある。
- しかし、それ以外でもっと多くの情報が犬に伝わっている。
- その一つ一つが複雑に絡み合って犬の行動を決定している。
- 犬と人は相互に複雑に関わり合っている。
今回のシリーズで言えることはこんな感じでしょうか。
ひとつひとつ見ると、正直、当たり前じゃないか?と思う内容ですね。
特に長い間犬と一緒に過ごしてきた人にとっては 「今更何を言ってるんだ」 と思われるかもしれません。
その感覚は決して間違っていない、というのが今の科学での結論ではないかなと思います。
リードを外してみましょうとは言いません。それは間違いなくリスクが高い挑戦です。
では他の要因はないでしょうか?
実はそのリードお気に入りじゃないかもしれません。
ハーネスがすれて、着心地が悪いかもしれません。
もしとっても素敵なハーネスに買い換えたら、きっと飼い主さんはウキウキで散歩に行きたくなりますね。
ご機嫌な飼い主さんの様子を見て、ワンちゃんもなんだかテンションが上がってご機嫌で散歩できるかもしれません。
だって少なくとも、犬はポジティブとネガティブの表情は区別ができているようですから。
これらの変化が科学的に解明されるのはもう当分先です。
でも、こんなちょっとの変化でワンちゃんの行動は変わる可能性があるということもは、今の科学でも分かっていることだと思います。
なんかいつもと違う、気分の上がることをちょっとだけやってみましょう。
この回の結論
ちょっとの変化をやってみる。それは私たちの生活を大きく変えるかもしれない。
参考情報
- Perception biases for problematic behaviors in dogs due to owners’ attributes(Journal of Veterinary Medical Science. 2023;85(7), pp.763-771.)
- 著者: Kimura Y, Totani S, Kameshima S, Itoh N
- 発表年: 2023
- 主たる研究機関: 北里大学 獣医学部(青森・日)/Alliey’s Animal Hospital(東京・日)
- COI開示: 著者らは「利益相反なし」と申告。本文中に資金提供元の記載は確認できなかった
- DOI: 10.1292/jvms.23-0022
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